- 子供の目線
大人本位で物事を考えると子供たちは置き去りにされますが、子供に焦点をあてれば、やがてその効果は大人にも巡ってきます。
家づくりの場合「子供に焦点をあてる」とは、精神空間として家の役割をもっと考えることです。そのようにしてつくられた家では、日々の生活をおくることで家族が有機的に結びつきます。有機的に結びつくとは、親と子それぞれが持つ多様の人間性が緊密に関係しあい家族という一団を形づくることです。そうすることが当然のように互いを認め、尊重します。このような結びつきが希薄であればあるほど、家族ではなく同居人の一団にすぎなくなってしまいます。
有機的に結ばれた家族は、子供の成長といったメンバーの変化に伴い常に変化を繰り返すことができます。それは、たとえ結び目の一つが壊れそうになったとしても、結びつきの形を変化させることで対応することができ、よりいっそう緊密に結びつく一要因としてしまいます。これは家族が一心同体化することではなく、個々の人間として認め合い、自分自身も認めることです。自分を認めることは心の成長と切っても切り離すことのできないものです。
子供の目線で物事を考えるとは言ってもそれは結構難しいことです。子供に意見を訊き参考にできればよいのですが、子供たちが自らの経験を家とリンクさせ自分にとっての夢の家、すなわちドリームハウスを思い描くのは簡単ではなく、それらを自分以外の人間に解るよう言葉で表現するとなれば尚のことです。そこで、子供を中心にした家づくりのためのウォーミングアップ(基礎固め)に有効な手段を2つご紹介します。
- 「ブレーンストーミング」と「自分の中の子供」
1つめは、家族全員でドリームハウスをテーマに、ブレーンストーミングを行うという方法です。
ブレーンストーミングとは、批判は行わないことを前提に自由奔放にアイデアを出し合い、互いの頭脳に刺激を与え合うことです。親は、子供が想像力を存分に発揮できるように考えるきっかけを提案します。そこから子供は想像を膨らませアイデアを出し、そのアイデアに親が刺激され新たなアイデアを提案する。といった要領で行います。出てきたキーワードを順次書き留めておきます。決して否定的な意見を言わないこと、それが唯一のルールです。
このようにブレーンストーミングを行うことによって、親は、子供が思い描く世界に触れることが出来ると同時に、子供と対等な立場に立っている自分を体験することが出来ます。また、子供は、家づくりという家族にとっての一大プロジェクトのブレーン的役割を経験することが出来ます。これらは、ドリームハウスを実現するために大変有効であるだけでなく、家が完成した後、その家で暮らしていく家族の関係に多大な好影響を与えます。
2つめは、自分の中の子供を呼び起こすという方法です。
誰でも子供時代を過ごしてきたわけですが、それにも関わらず大人になってしまえば子供の気持ちなんてさっぱりわかりません。理屈など通じない子供に、理屈を説いてどうしてこんな簡単なことが解らないのかとかんしゃくを起こした経験のある人は少なくないはずです。そこで、自分が子供の頃に経験したことを思い出してみます。わくわくしたこと、嬉しかったこと、悲しかったこと。そして、それらの感情に心をゆっくり揺らしてみます。
子供を中心に家を考えるヒントは必ずその中にあります。親に抱いていた感情、兄弟との関係、心に痛みを覚えた出来事などにも思いを巡らせ、心地よく感じた場所や時間、大嫌いだった習慣や環境など、これまで心の片隅で色褪せながらも消えてしまうことなく眠り続けていた記憶や感情が、色づき、そして音が重なり匂いたつまでゆっくりと。そうして現れた記憶や感情を紙の上で表現してみます。表現方法は、言葉でもスケッチでも殴り書きのようなものでも何でも構いません。すんなりと子供時代の記憶の糸を手繰り寄せることが出来ない場合は、まず子供と一緒に遊んだり、本を読んだりと、子供に接することで硬くなった自分の脳みそが柔らかくなるまで丹念にマッサージします。
- 真面目に遊ぶ
子供と接することは親にとって肉体的にも精神的にもハードワークなので心にゆとりが必要です。ではゆとりを得るにはどうしたらよいのでしょうか。日々の生活の中に様々な遊びをつくるのがゆとりを生む有効な方法です。ここでいう遊びとは、戯れるという意味だけでなく、曖昧さ、幅、という意味合いを含みます。あるものを達成しようとする時、無駄を省き必要と考えられるものだけ取り入れ最短距離で目標へと到達しようとします。家づくりに当てはめて言えば、やすらぎや癒しの場として家を考えることなく、設備機器や内装材選びといった「モノ」にだけ傾注してしまうことです。この中に遊びは存在しません。
遊びの無い生活はぎすぎすし乾いたものになってしまいます。そのような環境下では健康な心を育むことはできないでしょう。無駄に思えるもの、不便なもの、不揃いなもの、遊びはそんな中に存在し、そして、人の心はいつも遊びを必要としています。遊びがゆとりを生み、ゆとりが日々の生活を豊かにします。
今は悪い流れの中にいます。
日々の生活の中で心のために出来ることを考えていますか。無意識、無自覚になっていませんか。
- 心は癒されない。心は育たない。揺れることを忘れ鈍化する。
- 心を使うことなく簡単に刺激(快感)を得られるもの(テレビ、ゲーム...)にのめりこむ。
- それらは一時的に感情の穴を埋めたように思わすことはあっても、心をケアすることはない。
- 心の中に歪みが生まれる。自分でも気が付かないうちに。
数年、何十年と長い月日をかけ歪みは様々なものに形を変え私たちの前に現れます。
遊びとは、家の中に単にブランコや滑り台やジャングルジムを設けることではありません。子供たちは与えられた遊び場にはすぐに飽きてしまいます。子供たちがワクワクするのは、大抵、大人が思う居心地の良い場ではなく少々危険な場だったり、暗がりや隅っこだったり。自然界に直線なんか、真っ平らなとこなんか存在しないことを子供たちの心は知っています。日常の中に遊びや楽しみを創り出すことは子供にとっては朝飯前です。その能力の前では大人は足元にも及びません。
遊びは良い流れを生みます。
家が遊びの空間をもつと心が開放されます。親が子供に自由を与えます。
- 子供が楽しみを生みます。
- 親も楽しくなります。家に生命感が満ちます。
- そんな親を見て子供は楽しくなりもっと自由になります。
- 子供が新たな楽しみを生みます。
日常の中で心が満たされていると人は優しく強くなれます。
それでも人は、利便性を快適性を求め続けます。
それは何のためですか?
それは誰のためですか?
皆さんと一緒になって、子と親、家族と家、人と空間について考えていくことが、社会を明るくすることのできる光の種を育むのだと思います。